脳波トレーニング「ニューロフィードバック」について
「ニューロフィードバック(Neurofeedback)」とは,
頭皮上に電極を取り付け,脳波や脳血流の状態をパソコンに接続されたモニター上に映し出し,自身の脳活動を「見える化」しながら正しい方向に脳神経パターンを変容させる最先端の脳トレーニングのことである.
2019年の「ニューズウィーク」でも,脳を鍛える新手法として,”うつやADHDを治し,運動・学習能力を高める脳の訓練法の可能性”と称し,大々的に特集された.
誌面では,ニューロフィードバックに関する説明として端的に以下のように明記されている.
“ニューロフィードバックとは,コンピューターや電極を用いるなどして脳の活動(脳波)を自然に調整できるよう脳を訓練するプロセスのこと.
薬を飲んだり,運動をしたり,瞑想をしたりしなくても,ADHD(注意欠陥・多動性障害)やPTSD(心的外傷後ストレス障害),不安,怒り,鬱などの症状を改善できるとして,近年新たな注目を浴びている”
また,国際ニューロフィードバック協会のロバート・ロンゴ理事は,ニューロフィードバックを“脳の配線のし直し”と表現し,
米国ウェークフォレスト・パブティスト医療センターのチャールズ・テゲラー教授(神経学)は,”3年分の投薬治療の効果を3日で得られる”とも語っている.
ニューロフィードバックの種類と効果
ニューロフィードバックの効果として現時点で確認されるものには大きく,不安,ストレス,うつ,PTSD,ADHDの改善,集中力,パフォーマンスの向上が挙げられる.
効果が多岐に渡るのは,ニューロフィードバックとは,脳波トレーニング(脳血流も含む)の総称であり,目的別に様々なプログラムが用意されているからである.
つまり,ニューロフィードバックの効果は,実践するプログラムにより異なってくるという訳である.
各プログラムには,それぞれ強化対象となる脳波成分「リワード(報酬)」と抑制対象となる脳波成分「インヒビット(抑制)」が設けられ,その適正範囲内に各脳波の周波数成分の値が収まることを目指す.
例えば,不安を改善したい場合は,リラックスと関連するアルファ波のパワーを強化し,不安と関連する高ベータ波のパワーを抑制するようにする.
また,スポーツなどのパフォーマンス向上には,集中力と関わる低ベータ波を強化し,不安と関連する高ベータ波と雑念と関わるシータ波を抑制するようにする.
特に集中力の向上おいて大事なのは,シータ波の抑制である.
この抑制をまずは徹底的に行い段階的にレベルアップさせていく.
近年,ニューロフィードバックが,発達障害の一種であるADHDの改善トレーニングとして,国内外の注目を浴びているのは,
ADHDの方の特徴として,ベータ波に比べシータ波の割合が高く,このニューロフィードバックによるシータ波の抑制トレーニングが功を奏しているからだと考えられている.
実際,ヨーロッパやアメリカでは,投薬治療以外にニューロフィードバックを取り入れる児童や成人が数多く見受けられる.
まとめると,ニューロフィードバックの効果の違いは,①リワードとインヒビットの設定,②電極の取り付け位置の設定,③トレーニング時間の設定,により生じる.
同時に複数の脳波をコントロールする方法もある.
もちろん,はじめは1つの脳波のコントロールから始まり,徐々に2,3と増やしていく.
近年では,脳全体(19カ所)をマッピングしながら行うニューロフィードバックもある.
ただ多ければ良いというものではなく,目的に沿ってターゲットを絞って,集中的に行った方がより効果が高まると当研究所は考えている.
これ以外にも数百人の脳波データを集積したソフトを活用し,その平均データを基準に各脳波の周波数領域を適正範囲に収めるという「Zスコア」と呼ばれるトレーニングもある.
また,アルファ波やベータ波などの自然脳波(背景脳波)を基準としたものだけでなく,
より緩やかな変化を起こす脳波(緩徐波)や,あるイベントに対して発生する特異な脳波(事象関連電位)を対象にした特別なニューロフィードバックも存在する.
海外では,ニューロフィードバックは,研究だけでなく,臨床も盛んで,トライ&エラーの精神で日進月歩に進化している.
新しいトレーニングやプロトコルが年々出てくるが,効果が乏しいものは淘汰されていき,効果が高いものは論文の数が飛躍的に増えていく傾向にある.
ニューロフィードバックの導入事例
スポーツ分野でニューロフィードバックの存在を一躍有名にさせたチームは間違いなくイタリア・サッカーの名門クラブ「ACミラン」.
ACミランの選手たちは,「マインドルーム」と呼ばれる独自に考案された脳トレルームにて毎日20分間の脳波トレーニングを受けていたと伝えられている.
選手たちは,脳や身体にセンサーを取り付け,脳波や自律神経の状態が可視化された状態で自身の失敗プレイ映像を眺めながら常に平静でいられるように求められたと報告されている.
「マインドルーム」で使用されていたセンサーやハード及びソフト類は全て,当研究所と同機種のソートテクノロジー社製のもので,
さらに当時のACミランのメンタルトレーナーであるブルーノ・デミケリス博士も当研究所代表の辻と同じ国際学会に所属している.
ACミラン以外にもチェルシーFC,Navy SEALs(アメリカ海軍特殊部隊),アメリカ軍,NASA,カナダ・オリンピックチームにて同様の科学的トレーニングが取り組まれている.
その目的は,最悪な状況下でも最高のパフォーマンスを発揮するためだといわれている.
今まで見えないとされてきた心の状態を数値化,「見える化」し,そのデータを駆使した科学的なメンタルトレーニングを行うことが,海外では主流になりつつある.
ニューロフィードバックを導入した施設やチーム,組織や団体は欧米を中心に年々増加傾向にあり,今後も増え続けることが推測される.
フィジカルトレーニングについては,既にどのチームも取り入れている.
そこからさらにパフォーマンスを高めるのに残された領域は,脳や自律神経のトレーニング領域なのである.